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福岡地方裁判所 昭和29年(行)14号 判決

原告 松隈福二

被告 福岡市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が福岡市水道料金条例第十条により原告に対し昭和二十九年八月二十八日附なした停水予告通知はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求原因として、

一、昭和二十八年改正福岡市条例第九十四号(昭和二十九年一月一日施行)福岡市水道料金条例第十条は「料金を指定期間迄に納付しないときは完納するまで、給水を停止することができる」と規定し、実際の適用において、水道需要者が水道料金を指定された納入期日までに納付できないときは、停水予告通知書に基き、たとへ需要責任者が不在中でも水道料金が完納されるまでは給水の停止処分をなしている。

二、原告は被告から昭和二十九年八月二十八日、福岡市水道供水栓第三九七八七号の前需要者紅屋産業株式会社の昭和二十八年三月分、四月分の水道使用料金未納額七百二十四円督促手数料三十円合計七百五十四円を、昭和二十九年九月七日までに納入すべく、納入しないときは給水停止をする旨の停水予告通知書を受取つた。

三、原告は被告に対し紅屋産業株式会社の右七百五十四円の債務を承継負担していることは争わないが、水道使用料金の未納に因る停止処分は左記理由に基き無効である。

(イ)  人体の組織中における水分の割合は約六八パーセントを占め、また、水分は人間が生命を保持する上に健康素として絶対不可欠のものにして、一日一人一升五合から二升位の水分を必要とすることは生理学上の原則といわれている。たとへ他の食物の栄養素が欠如しても、水分の摂取ができれば人間は普通三週間から五週間は生存可能であるが、水分の摂取ができなければ一日も生命の保全を計ることは不可能である。大都会に居住し水道給水に一切の水分供給を依存する需要者にとつては、給水停止は生命の断絶を意味する。

(ロ)  個人は国家主権の主体にして、国政上最大の尊重を必要とし、すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すること、憲法第十三条、第二十五条の明らかに規定するところである。

福岡市は公営企業として水道事業を営み、都会稠密地区居住者に給水業務を行つているものであるが、単に水道使用料金を納入できないという一事を以て、経済的貧困者に水分の補給を拒否し、日々の生存に脅怖を与えんとするが如きは、全く前記憲法の明文に反するものである。

(ハ)  したがつて、前記福岡市水道条例第十条は憲法に違反し無効というべきであるから、之に基きなされた請求の趣旨記載の被告の停止処分は右の如きかしあるものというべく取消を免かれない。

(ニ)  被告のこの点に関する反対主張は理由がない。地方公共団体の目的は住民及び滞在者の安全、健康、及び福祉の保持であり(地方自治法第二条第三項)地方公営企業は、その本来の目的たる公共の福祉を増進するよう運営さるべき旨規定されている(地方公営企業法第三条)個人生存の保護こそ公共の福祉を増進することの第一歩である。水道事業が対価関係に立つ独立採算制に基き経営されているというが如きは、金銭を尊重し、生命を蔑視する思想以外の何ものでもない。人間の生存なくして一切の福祉事業はありえず、人間の生命を保護しないような公共事業は許さるべきでない。

(ホ)  水道使用料金未納者に対する徴収は、地方自治法第二百二十五条第一項に規定する滞納処分を適用することによつて充分にその目的を達成し、収支の均衡をはかりうるものである。

四、なお、福岡市における停水処分の実情を述べる。昭和二十八年四月から昭和二十九年八月末までに水道料金未納の理由で停水処分を受けた者六七七世帯三、六六〇名余、このうち未納金を完納して三ケ月から十二ケ月振に解除された者四五四世帯二、四九〇名余、今なお停水処分中の者二三〇世帯余一、二六〇名余である。

と述べ、被告の本案前の抗弁に対し、

一、地方公営企業法第七条には「当該地方公共団体の長の指揮監督の下に地方公営企業の業務を執行させるため……管理者を置く」と規定されている。故に右業務執行に関してのみ管理者は代表権を有するものにして、本訴に関しては管理者は代表権なく、市長が代表権を有するものである。

二、停水処分は行政行為である。本件停水予告通知書の発せられた当時、福岡市においては右の如き予告書に基き六七七件の停水被処分者が現存しているのである。したがつて、右停水予告通知を以て行政上の法律効果を伴わない単なる水道料金の支払催告たる事実行為ということはできない。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の申立として、「本件訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、その理由として、

一、本件訴は福岡市の代表者を誤つている。地方公営企業法第七条第一項によると、地方公営企業を経営する地方公共団体はその企業の業務を執行するため管理者を置くとされ、管理者は同法第八条第一項第一号ないし第四号の事項を除く外その企業の業務の執行に関し、当該地方公共団体を代表することとなつている。しかして福岡市では水道事業については阿部源蔵助役を以て管理者となしているから、管理者阿部源蔵が本件訴訟において被告福岡市を代表すべきである。本件訴はこの点で代表者を誤つている。

二、原告は停水予告通知を行政行為と称しているが、停水予告通知はその記載自体から明らかなように、行政上の法律効果を伴う行政処分ではなく、単に水道料金の支払を催告すると共に、指定納入期日までに料金未納の場合執るべき措置を予告したにすぎないもので、停水予告通知書の送達は、単なる事実行為にすぎない。だから、被告のなした停水予告通知は行政事件訴訟特例法に定められた抗告訴訟の対象たり得ないものである。

また、原告は右通知書の送付を受けたことによつては、その権利義務に関し何らの影響も受けるものではないから、本件訴を提起する利益を有しない。

以上の次第で、本訴は訴の要件を欠如しているから却下を免がれない。

本案について「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、

原告がその主張のような理由で被告よりその主張のように停水予告通知書の送達を受けたこと、その主張のような福岡市水道料金条例の規定があることは認めるが、停水予告通知は左の理由により無効ではない。

一、福岡市の営む水道事業は、地方公営企業法第二条に基き、同法の適用を受けるものである。同法第十四条により設置された福岡市水道局(昭和二十七年九月十九日福岡市条例第三十六号)の経理は、特別会計を設けて行い、経費は水道事業の経営に伴う収入すなわち水道料金を以て充てなければならない(同法第十七条第二一条)。いわゆる独立採算制の施行が法律により命ぜられている(同法第十七条第三二条、地方財政法第六条)。この関係においては水道事業は対価(料金)を得て水を給付する企業であり(同法第二十一条)、料金を支払わない者に対して給水することは、事業の収支の均衡を破壊することになる(同法第二十一条第二項)かくては独立採算制の施行が不能となるから、料金支払の一時期における不履行を理由に、次の時期における給水を停止することは、当然許さるべきものというべきである。

二、のみならず、料金未納の場合、常に福岡市水道料金条例第十条の規定による給水停止処分がなされるものではない。右条例第八条同条例施行規程第六条は「公益上その他特別の事由がある者に付てその料金を減免し」得ることを規定し、特に、生活保護法によつて生活扶助を受けている者については使用者の申出により調査の上基本料金及び量水器使用料金に限り、水道料金として扶助を受けている金額まで減額することとなつている。その外特に必要ある場合も料金の減額を認めている。したがつて、真に貧因のため水道料金を支払うことができない者に対して給水停止処分をすることは、料金条例第十条の趣旨とするところではない。右条例第十条による給水停止処分は、料金支払能力が期待される経済能力を有しながら、その支払を為さない者に対してのみなされるものである。現に被告市では昭和二十九年度分につき、生活扶助減免適用者として、証明書を添え、その申込をした者十一名につき之を認めている。

三、しかるに原告は昭和二十九年度の固定資産税金七千百四十円を賦課されている者で、原告の主張する未納料金支払能力は充分にもつている。

四、なお、昭和二十九年十二月、昭和三十年一月における停水処分状況をみると、

停水施行は六二件、うち未納に由るもの三十一件、空家に由るもの三〇件にして、開栓したもの二七件うち未納のもの一八件、空家のもの八件、したがつて昭和三十年一月三十一日現在で停水中のもの三五件、うち未納に由るもの一三件、空家に由るもの二二件である。

と述べた。(立証省略)

理由

原告が現在福岡市水道供水栓第三九七八七号の使用者であること、右供水栓の前使用者紅屋産業株式会社の昭和二十八年三月分四月分水道使用料金未納額金七百五十四円の債務を原告が右供水栓を引継使用することとなつたため承継負担していること、被告が原告に対し昭和二十九年八月二十八日附停水予告通知書を以て、右金員を同年九月七日までに納入すべく、納入しないときは給水停止をする旨の意思を表示し、右はその頃原告に到達したことはいずれも当事者間に争がない。

そこで、まづ被告の本案前の抗弁について判断する。

一、福岡市における水道事業は地方公営企業として地方公営企業法によつて規整されている。同法第七条第一項によると、地方公営企業を経営する地方公共団体はその企業の業務を執行するため管理者を置くとされ、管理者は同法第八条第一号ないし第四号の事項を除く外その企業の業務の執行に関し当該地方公共団体を代表する、とされている。しかして福岡市では水道事業につき助役阿部源蔵を以て管理者としていることは成立に争のない乙第四号証で明らかである。

ところで、管理者阿部源蔵が福岡市水道事業について福岡市を代表することは、福岡市の総括的な代表者である福岡市長小西春雄の福岡市水道事業についての代表権を喪失せしめるものとは解されない。けだし、地方自治法第百四十七条は「普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体を統轄し、これを代表す」と定め地方公営企業法第十六条は、同条第一号ないし第三号に掲げる事項について地方公共団体の長は管理者に対して指揮監督を行うとしている。これらの規定と前段に示した管理者に関する規定を綜合的に考えると、規模の大きい地方公共団体では、その営む公共企業は事業規模が広範に亘り、且つ、運営上技術的知識経験を要することのゆえに、専門の担当官を選任してこれに普通事務を管掌させ、地方公共団体の長が日常の瑣煩事務にわずらわされることを避け、その反面その事業運営の大綱のみにつき地方公共団体の長をタツチせしめる趣旨にあると解されるからである。したがつて本件において福岡市長小西春雄が福岡市の代表権を有しない旨の被告の抗弁は理由がない。

二、本件停水予告通知は行政事件訴訟特例法第一条にいう行政処分と解する。

(イ)  水道事業は一定量の水の供給とその料金の支払が相互に対価的な関係に立つ意味においては私法上の双務契約に類し、且つ、その関係が継続的に行われる点において継続的供給契約の性質を具有する。しかしながら、水道事業が従来市町村たる地方公共団体がその公費を以てするものでなければ布設することのできない、いわば独占事業とされて来ていること(水道条例第二条)その料金の支払が、督促ないし命令によつてもなお履行されないとき、国税滞納処分によつて徴収されること(地方自治法第二百二十五条)等に徴すると、右の給水債務と料金支払債務とに関する福岡市とその水道使用者との関係は一種の公法関係に立つものと解するのが相当である。

(ロ)  ところで本件停水予告通知は「原告がその未納料金七百五十四円を指定期日までに納入しないときは給水を停止する」というにあるから、その内容を分析すると、料金の催告と、不履行を条件とする給水契約の一種の解除の意思表示を包含する。これは明らかに、公法上の継続的供給契約における相手方の給水を受ける権利を停止条件の発生と共に喪失せしめる行政処分ということができる。被告福岡市がその発した停水予告通知に基き、すべてその意思表示どおりに停水して来たか否か換言すると、停水予告通知はその真意は単なる料金支払の催告にとゞまり、停水予告通知どおりに厳格に停水の措置に出なかつたという過去の事例ないしそういう運営方針であるということにありとしても何ら、右停水予告通知の法律的性質に影響を与うるものではない。

したがつて、この点に関する被告の抗弁も理由がない。

よつて次に本案について検討する。

福岡市の営む水道事業は地方公共団体の営む企業として地方公営企業法の適用を受ける。同法第十四条に基き、福岡市は水道事業経営のため福岡市水道局なる組織を設けた(昭和二十七年九月十九日福岡市条例第三十六号)。その経理は同法第十七条にしたがい、特別会計を設けその経費は、水道事業の経営に伴う収入すなわち水道料金を以て充てなければならないことになつている。しかして同法第三十二条、地方財政法第六条等により剰余金の処分についても厳重に規整され、その他予算の繰越、一時借入金についても規定せられ、いわゆる独立採算制が地方公営企業を貫く精神であることが看取される。地方公共団体は、もとよりその住民の福祉の維持増進を目的とするが、そのための施設については財政上よりする制約を免かれないが、特にその営む企業については前叙の独立採算制による制約に全く拘束される。さればこそ、地方公営企業法第二十一条は地方公営企業の給付についての料金は「公正妥当なものでなければならず、且つ、これを決定するに当つては、地方公営企業の収支の均衡を保持させるように適切な考慮が払われなければならない」としているのである。かかる公正な料金の徴収によつて賄われる事業によつて、対価的に給水が為される。かかる水道事業においては、料金を支払わない者に対し給水を継続することは事業の収支の均衡を失うことになるから、かかる者に対し給水の継続を中止することは、衡平の法理に照らし当然のことである、故に、以上の事理を全く度外視して、単に憲法第十三条、第二十五条を根拠として、福岡市水道料金条例第十条に基く料金不払者に対する停水処分を以て右憲法の明文に反する無効のものとすることはできない。

福岡市水道料金条例はその第八条、同条例施行規程第六条で「公益上その他特別の事由がある者に付てその料金を減免し」得る旨規定し、真に水道料金の支払能力なき者、例えば生活扶助料の受給者に対してはその扶助料中水道料金見込額(一ケ月八十円)にまで減額する方針で、現に右規定に基き減額している事例の存すること、福岡市における一世帯(平均五人として)一ケ月の水道料金は平均百四十円であることは証人久保正述の証言により明らかである。僅かに一ケ月金百四十円を以て原告主張のように貴重な水分の確保ができるとすれば、これ程安価なものは他に存しうべくもないであろう。他面、福岡市に都会と称しても山間僻地天水による生活者或は、水道による給水を希望しながら独立採算制のためその施設の便益を享受していない者が多数存している。福岡市における叙上の特殊事情を考慮するとき、水道料金不払者に対する停水予告処分を以て憲法第十三条第二十五条に違反し、したがつて原告に対する右処分は取消さるべき旨の原告の主張はその理由なきこと明らかである。

停水処分に代えるに滞納処分に由るべしとの原告の主張は立法ないし行政運用の是非の論にして本件行政処分のかしの事由となるものではなく、その他被告の本件行政処分の取消事由については何らの主張立証がない。よつて原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 平田勝雅 川上泉)

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